情報誌「くらしと」に掲載されている「トリクムクミアイ~トナリの管理組合の選択と決断~」の記事をご紹介!
【減災ACT】 震災後録
「災害に強いマンション」は、コミュニケーション上手なマンション
3月にしては肌寒いが、平穏な昼過ぎ・・・・・・のはずだった。
しかし、いまだかつて味わったことのない揺れが、その平穏を文字通りメチャクチャにした。
「地震が起こった瞬間は、このまま埋もれて死ぬんじゃないかと思いました。その場から動けなかったし、どこに動いていいかも分からない。頭は真っ白でした、助けも呼べないし、クローゼットが倒れたりして、玄関の方にも行けなかったし・・・・・・」と当時を振り返るのは、震災当時、一人で6階にある自室にいたという主婦の東海林さん。彼女が住むライオンズマンション(以下、LM)泉中央第2が建つのは、仙台市北部の丘陵地だ。
沿岸部のような津波被害はなかったが、170秒間も続いた震度6弱という強い揺れは、暮らしに大きな疵痕を残した。
「電話はもうつながらないと思ったので、すぐに会える人と助け合うしかなかった。そこで、マンション内の親しい奥さんの元に行ったんです」
すると、マンションの上階は倒れた家具や割れた食器がメチャクチャに散らばり部屋に居られる状態ではないが、1階の部屋は被害が比較的小さいという事が判明。
そこで、東海林さんと家族は、その1階に住む知人の家で、他の親しい3家族と一緒にひと晩を明かした。
「正直、震災当時は、理事会は何もできず、それぞれの家族の判断で動いていた。いざ、防災への備えを充実させようと動き出した時、マンション居住者間のコミュニケーションを活発化させるべきだという声が自然と出たんです」と語る理事長の近野さんも、東海林さんと同様の経験をしていた。
「3・11では、親しい家族で集まった。でも、これはマンション全体でやるべきだと思ったんです。そのためには、まず同じマンション内に住む人の顔と名前を一致させることからだと、懇親会を開きました」
お酒や食べ物を持ち寄り今まではあいさつをするだけの仲だった人々と語り合う中で、自然と防災対策に対するアイデアが生まれたという。
「懇親会だけでなく居住者間でワークショップも行い、震災時に思ったことや管理組合への要望をで出し合いました。そうした中でできたのが、管理組合で備えるものの基準です。水などは、各家庭で備えている。だから、管理組合では発電機や投光器、炊き出し用の大型鍋など、個々の家庭では備えられないものを買うべきだと」
LM泉中央第2では「管理組合が何とかしてくれる」ではなく、「マンションというコミュニティー全体で防災・減災意識を持ち、備えること」が震災をきっかけにスタンダードになりつつある。
「マンションというコミュニティーの力で、防災力を強化する」という手段の効果は、震災直後に仙台市内のマンションを見回った大京アステージのMA※も実感していた。
「素早く炊き出しなどを行っていた管理組合さんは、懇親会や仙台ではよく行われる芋煮会などを積極的に催していた管理組合でした。何かあった際にまとまる組合は、イベントをうまく利用し、横のつながりを強化しているんですよ。震災後は、そうした意識を持ったマンションが増えていきます」
「遠くの親戚より、近くの他人」という言葉があるが、「他人」同士では思いやりのある良好な連携は生まれない。震災のような非常時には「遠くの親類より、親しい近隣者」といえるコミュニティーづくりが必要なのだ。
「支援は、被害のひどいところが優先されるので、3・11の被害状況では2~3日は、自分たちでどうにかしなきゃいけないとう意識をみんなでもっています。そして、そのための準備をマンション全体でチームとなって行っているんです」と語るLM泉中央第2の皆さんの笑顔はどこか頼もしさを湛えていた。
01.積極的にコミュニケーションで、マンション全体を一つのチームに変えたLM泉中央第2の皆さん。
02.被災時に欠かせない居住者間の情報共有には、ホワイトボードが便利。LM泉中央第2では安否確認用の部屋割りが表が、常に貼られている。
03.インストラクター遠藤(左)の司会のもと、LM泉中央第2で行われたワークショップ。居住者全員が意識を高め、困難にもポジティブに対応できるコミュニティーに。
04.LM泉中央第2の管理組合室の壁面収納には、発電機や投光器といった大物の防災備蓄品を常備。
05.LM泉中央第2の担当MA・佐久間(左)とのコミュニケーションも良好。佐久間は3.11を仙台で経験していないが、当時を知るMAの話をもとに要望に応えている。
06.震災前よりも多くの方が防災訓練に集まるようになったLM泉中央第2。子どものいるご家庭は家族みんなで参加するなど、当日はにぎやかな雰囲気に。